スペイン カスティーリャ・ラ・マンチャ産のサフラン
La rosa del Azafran
(スペイン語で“サフラン ローズ”を意味する)というオペラの演目がある。
劇中ではサフランが愛と情熱のシンボルとして登場する。開花後一日で枯れてしまう繊細なサフランの花が、人間の愛の儚さに例えられたストーリーだ。
La rosa del Azafranが初めて上演されたのは、スペインの首都マドリッドから南東部に位置する、カスティーリャ・ラ・マンチャ(ラ・マンチャ州)のシウダード・レアル県ラ・ソラナである。
カスティーリャ・ラ・マンチャはシウダード・レアル県をはじめとする5つの県で構成され、スペイン国内でも有数のサフラン産地として知られる。
オペラの演目が誕生するほどサフランが根付くこの土地に、2023年2月サフランのルーツを求めて訪問した。
ラ・ソラナ中心部にある
かつてオペラ劇場だった建物
シウダード・レアルの街角
カスティーリャ・ラ・マンチャがサフランの産地として知られる理由は、その土壌と気候にある。
アラビア語で「乾いた土地」を意味するラ・マンチャの名の通り、鉄分を含んだ石灰質の赤土と、地中海性大陸型気候による強い日差し、そして夏は35℃まで上がり、冬は1℃まで下がる大きな気温差が良質なサフランを育てる。
日本のサフラン産地である大分県で生産されているサフランは室内栽培であるが(大分レポートリンク)、スペイン産はその気候特性をいかした露地栽培が一般的である。
この地域ではサフランの他にぶどうやオリーブ、アーモンドが栽培されており、サフランを育てる農家はこれらの農作物を主な収入源として栽培していることが多い。収量が少ししか望めないサフランは、その市場価値に反してというべきか、実は副次的な農作物であるということに驚いた。
収穫時期の様子が描かれた絵を何度も目にした
マドリッドからシウダード・レアルまでの道中
赤土が広がる大地
サフランの栽培は4年周期で行われる。
1年目、球根の植え付けは7月~8月に行われる。
その後、地上に伸びた緑の葉は花を摘み取りやすくするため刈り取られ、10月下旬~11月中旬にサフランは約2週間の収穫期間を迎える。
サフランはこの2週間に1つの球根から何度も花を咲かせるが、開花の回数は農家がどれだけ上手く球根を育てられるかにかかっている。さらに、農家の腕が良ければ、開花の回数だけでなく、土の中で球根の数を増やすこともできる。育て方次第で、4年間の収穫期間を終えた球根を掘り上げる際には植え付け時の2~3倍に数が増えることもある。
球根は1度畑に植え付けた後、4年間毎年花を咲かせ、4年目の収穫後に畑から掘り上げる。サフランは土の中のミネラルを吸収しながら成長するため、4年間サフランを育てた土壌は栄養分がなくなり、次のサフランを育てる前に休息が必要となるのだ。この4年周期の方法は、スペインだけでなくイラン、インド、ギリシャなどその他の国においても同様の方法で栽培がされているそうだ。
植え付けから2年目の球根
2年目の球根の地上部
2月時点で約15cmほど
葉が伸びていた
2年目の球根畑
動物に球根が荒らされないよう
畑は柵で覆われる
2年目の球根畑と
休息中の畑が隣合う
トレド県の伝統的な乾燥方法
花をひとつずつ摘み取るサフランの収穫作業は機械では難しく、また花からフィラメントを切り取る作業もとても繊細で、全て手作業で行われる。また、サフラン一輪から収穫されるフィラメントはたったの3本。これだけでもサフランが高価である理由が納得できる。
カスティーリャ・ラ・マンチャの中でも地域によって収穫方法や乾燥方法に違いがある。例えば収穫のタイミングの違いとして、アルバセテ県では開花前に花を摘み取るのに対し、トレド県では開花後に摘み取られる。またトレド県では写真のような網の上にフィラメントを広げ、下から直火を当て乾燥させる。絶妙な火力調節が必要とされ、終始目が離せない作業である。
全ての工程で地域毎に伝統的な手法があり、各々の農家はその手法を代々大切に受け継いでいく。そのようにして特別な手法で生産されたサフランはEUが定めるPDO(原産地保護法)制度によって保護されるものもある。
サフランは、クロシン、ピクロクロシン、サフラナ―ルという3種類の成分含量によってランク分けが行われる。クロシンが色、ピクロクロシンが苦味、サフラナールが精油の含量を表し、用途によってどの成分含量を重視するかが異なる。
医薬品原料としてのサフランで重要な成分はクロシンである。クロシンは「色」を表すと同時に、鎮静や鎮痛の薬効を持ち、婦人薬に使用されることが多い。
一方、サフランをリキュール原料として使用するヨーロッパではピクロクロシンの苦みや、サフラナールの精油(香り)が重視される。
また生産国によっても品質は異なり、一般的にスペイン産はフィラメントが長く、色が明るいとされている。
国だけでなく、生産方法もその違いに影響することがわかる。
2013年の大分県産サフランのレポートから10年が経つが、サフランの生産は未だにほぼ全ての工程が手作業で行われる。一日中パソコンの前に座り、いかに効率的に業務を進めるかばかりを考えている身としては、このような手作業によってサフランが生産されているということを頭ではわかっていても、いざ目の当たりにすると、スーパーで当たり前のように棚に並んでいることが奇跡のように感じてしまう。
赤土の大地からたっぷりと栄養を与えられ、ひとつひとつ大切に摘み取り、丁寧に乾燥することで、あの美しい赤色と芳醇さを兼ね備えたサフランが誕生するのだ。
カンポ・デ・クリプターナの風車
ブリキのドン・キホーテが屋根の上から街を見下ろす