漢方・漢方薬の輸入、栽培、製造、販売までを一貫して行うメーカーです。

株式会社 栃本天海堂

2012年 ―急速に大きく変化する生薬市場。これからの生薬の方向性―

はじめに

 中国産生薬の価格は2009 年から高騰しはじめ、2010 年には多くの生薬価格は平均して約2倍、中には10 倍以上に値上がりしました。2011 年秋冬には、中国政府の介入により暴騰した生薬価格が一部下落傾向を示していますが、2009 年以前の価格水準に戻ることは考えられません。
 農作物でもある生薬資源の安定供給には、三つの要素①品質 ②価格 ③量が密接に関係しています。生薬の生 産量(供給量)の減少は価格の高騰につながり、価格の高騰は流通生薬の品質低下を招きます。その結果、生薬 の安定供給・品質確保などに悪影響を及ぼします。

 2012 年の生薬市場は、流通生薬の『品質低下の年』といえるでしょう。流通生薬の品質低下とは、具体的には商品流通規格(等級・栽培年数など)が守られず、規格分けされない「統庄(トウショウ)」と呼ばれる規格の流通が多くなってきます。例えば、野生生薬の大黄は、元来1級・2級・3級と等級分けされていましたが、1・2級品が少ないため等級分けされない「統庄品」が主流となってきています。過去に輸入していた1・2級品は殆ど入手できなくなり、今後は「統庄品」を使用せざるを得なくなるため、結果として品質は低下することになります。
 弊社としてはこのような市場現況の中、品質維持に注力し、特に医療用調剤生薬については品質を落とすことのないよう取り組んでまいります。

1.中国の生薬市場の現状

(1) 生薬の価格高騰
 中国の経済発展にともなう様々な要因によって、近年生薬の価格が高騰しています。要因としては、表1 の6 項目などが挙げられます。今後も中国国内での生薬の需要は、一層高まると予想されます。

(2) 生薬価格の推移
 中国との貿易では 2 回 / 年 ( 春・秋 ) 輸出商品商談会が開かれ、生薬も中国各省 の輸出業者が参加し、輸出価格が提示され、商談が行われます。表 2 は広州交易会 での中国輸出業者M 社の、標準的な品質の 2009 年を 100 とした 3 年間の価格年次 推移の表であり、大きく価格が変化した主な生薬などを列挙しました。 最も値上り比率が高かった「桔梗」は、2009 年春季広州交易会の価格と比較して、 2010 年秋季広州交易会では約 7 倍に跳ね上がりました。この値上りの原因は、他 の生薬の値上り要素に加えて、韓国の買い( 乾燥野菜トラジとして) が重なった事 によると推測されます。2011 年秋季広州交易会では異常に高騰した価格が一部是正 されてきましたが、2009 年の水準に戻ることは今後とも考え難い状況です。表 2 以外の生薬も、概ね約 2 倍に値上がりました。

(3) 生薬市場の今後
 中国の食用農産物の値上がりや農村部の高齢化、人手不足、人件費の高騰、中国国内需要の増加などを考慮すれば、今後の生薬の価格は高値安定基調で進んでいくことは間違いありません。この度の生薬価格の高騰は、中国一国に生薬を依存することへの危険性を浮き彫りにしました。日本産生薬の自給率向上や、生産拠点をその他の諸外国に一部移転するなどの対策が重要です。
 近年、日本各地から米作の転作農産物として、また耕作放棄農地の活用として薬用植物( 生薬) の栽培を希望する声が多く寄せられていますが、残念ながら流通価格が低いことで国内生産の増大には結びついておりません。流通価格が是正されない限り、国内生産の拡大は無理であるといわざるを得ません。
 弊社では、将来の国内生産の拡大に向けて薬用植物の優良種苗の生産、伝統的な栽培・調整工程の継承、希望農家に種苗提供・栽培指導などを目的に栽培薬園を設立し、国内外での栽培事業にも着手しています。日本の生薬・漢方の発展には、日本産生薬の原料調達を意識した継続的な取り組みが必要です。今後とも、日本産 生薬原料の積極的な採用をお願いいたします。

2. 日本の薬価の問題

 高値安定基調で最も影響を受けるのは「医療用の調剤生薬」です。特殊農産物である生薬は、薬価収載医薬品でもあるため、一般的な農作物とは異なり、基本流通 価格でもある「薬価」が国によって定められています。医療用調剤生薬は流通価格を薬価で抑えられており、長期収載品として薬価が年々下げられています。
 市場流通価格の高騰により、輸入原価が薬価を上回る生薬も出ており、薬価ベースでの販売が困難な品目が増えています。従来においても、いくつかの生薬で薬価の逆ザヤ( 市場価格> 薬価) が発生していましたが( 西洋薬ではありえない)、2010 年以降では逆ザヤ品目が急激に増えています。医療用調剤生薬の品質の低下を招いている既存の低薬価が続けば、医療保険で漢方湯液が服用できなくなることも危惧されます。
 甘草の原料価格(10.20 円/10g) から厚生労働省の指標に基づいて原価計算方式にて弊社の製造経費を基準に希望薬価を試算した場合、製造原価を加算した時点(20.14 円/10g) で、すでに現行薬価(15.50 円/10g) を上回り、希望薬価は40 円/10g となります。
 このような状況の打破と日本産生薬の推進を行うには、生薬薬価の引き上げ、あるいは日本産生薬の薬価創出などが必要です。また、農業行政と薬事行政が協力し合い、農業及び医療保障体制に一丸となって取り組むことが重要です。

3. 放射性物質問題が国産生薬に及ぼす影響

 漢方生薬製剤原料生薬の放射性物質の検査に係る適切な方法について厚生労働省から通知が出され、「生薬等の放射性物質測定ガイドライン」が示されました。食品とは異なり薬事法ではわずかでも放射性物質が検出された生薬は、医薬品原料としては使用できません。
国が指定した事故による被害および隣接地域(17 都県) で生産される全ての生薬に検査が義務付けられており、その上、これらの生薬を使用した製剤においても試験が要求されています。このような状況において危惧されるのは、製剤メーカーが国産生薬の使用を控えること、わずかに残る国内の生薬生産地が消滅することです。
 17 都県で今期収穫された生薬につきましては、日本産生薬の産地保護のために、 厳格な検査の上、買い取りを継続してまいります。日本の産地を消滅させないため国産生薬においては厳格な品質管理を実施し、不検出の生薬のみを提供してまいりますので、引き続き国産生薬のご使用をお願いいたします。

厚生労働省ホームページ: 漢方生薬製剤に用いる原料生薬の放射性物質検査方法のガイドライン
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001xvf9.html